スポーツウェアは、ピープルウェアへ。

谷尻 誠

谷尻 誠

「できごと」を設計する建築家。

 

昨年、原宿にオープンしたLCSのコンセプトショップ『avant(アヴァン)』。デイリーユースに仕立てたLCSウェアの販売と、『メゾン・トロワグロ』のシェフパティシエの経験を持つ後藤裕一が監修をするカフェ「EGG STAND」、フランス雑貨を販売する「CONVENIENCE MART」をひとつにした複合型の店舗だ。ひと目で「何屋」なのかが判定しづらいこの店舗の設計を担当したのが、建築設計事務所『SUPPOSE DESIGN OFFICE』。その共同代表である建築家が谷尻誠だ。
「ネットは自分の欲しい情報に直線で繋がれていると思うんです。本を検索して音楽に出会うこともない。でも生活ってそんな直線的なものよりも、その線が見えなくて曖昧な方が偶然の出会いがあると思うんです。『avant』では服を通して食を知ったり、この場所(事務スペースと飲食店『社食堂』が同居するサポーズのオフィス)で言うと、設計を通してアートを知ったり、打ち合わせを通して食の大切さを知ったりとか。直線じゃない「できごと」を作りたかったんです」
「できごと」を作る。これは言い換えると「きっかけのデザイン」だ。大雑把にくくると建築家は「建造物を設計する人」なのだが、建築家・谷尻は、形而下の設計だけでなく目に見えないもの、例えば『avant』なら、コミュニケーションやハプニングを通して「育み」を生む「きっかけの設計」に力点を置いている。サポーズは2019年夏、地元の広島に宿泊だけでなく、レストランやギャラリー、自身らのオフィスが混在する「ホテル」をオープンさせる予定だ。『エースホテル』のように先端的なロビーソーシャリティを生み出すホテルが広島にポップアップしそうな、なんとも刺激的なプロジェクトだ。そしてこの設計やデザインはサポーズだけでなく、さまざまなデザイナーが関与するという。「自分たちの想像の範疇に収まるのはつまらないんですよ。他者が絡むと想像だにしない「できごと」が起こり、それはきっと面白いはず。たくさん借金しましたから、大変ですが(笑)」
谷尻の言葉を聞くにつけ、偶然のできごとこそ人生を面白くする「きっかけ」なのだと感じる。

谷尻 誠(たにじり・まこと)/建築家
1974年、広島県生まれ。建築家。穴吹デザイン専門学校非常勤講師、広島女学院大学客員教授。穴吹デザイン専門学校卒業後、HAL建築工房を経て2000年に独立。「常に新しいものを探し続けていくことを考えています。建築をベースとして、新しい考え方や、新しい建もの、新しい関係を発見していくことが私たちの仕事です」と公式プロフィールに書かれているが、確かにその仕事は住宅設計、インテリア、ランドスケープから家具のデザインまで幅が広い。
谷尻誠 SUPPOSE DESIGN OFFICE Co.,Ltd http://www.suppose.jp

石関太久麿

石関太久麿

感覚は自分の「好き」を欺かない。

海のイメージが色濃い湘南のなかでも、ひときわネイティブ感が強い場所が辻堂だ。辻堂のサーファーたちが作り出した独特なライフスタイルは、平塚や鎌倉、逗葉のそれとは明確に異なり、真性の湘南を強く感じる。そんな辻堂でアンティークショップ『BRANT』を営む石関太久麿は、生粋の「辻堂ネイティヴ」であり、典型的な湘南のサーファーだ。小学生からボディボード、中学からサーフィン。そしてサーフショップへ就職。そんな辻堂のネイティブライフを真っ直ぐトレースする石関だが、無類の家具好きということもありサーフショップを退職し、アメリカン・アンティーク・ファニチュアを輸入・販売する『BRANT』を設立する。大好きな波乗りをしながら、ひっそりと眠る「お宝」を求めアメリカ全土をくまなく巡る石関に、アンティークとサーフィンの魅力はなにかと、ぼんやりした水を向けてみた。
「本気で答えますね(笑)。アンティークは嫉妬心。それが魅力ですね。例えば「スピンドル」や「モールディング」を合わせた脚なんて膨大なコストがかかるので、国内で製作するのは現実的じゃないんです。誰でもが作れない。だから嫉妬するんですよね。それを作れた時代とか環境に。うまく言葉にできないんですが、その嫉妬するほど自由な造形が魅力なんだと思います」
こちらのしょっぱい質問に呆れることなく、正面から答えてくれた石関。確かにジェラシーは近親憎悪的なものを含んだ感情だと思う。距離感が近いからこそ手にしたい。でも届かない。諦めるには距離が近すぎる。この感情の「揺れ」こそ、何かに惹きつけられる動力と言えるだろう。ではサーフィンはどうか。
「サーフィンは飽きがこない。波のコンディションも天候もすべてが毎回違う。これは小学生で始めたボディボードからそうなんです。サーファー同士だと「なんか今日の波はいいよね」、みたいな「感覚」で分かりあえることなんですが、こちらも言葉にするのは難しくて。だから飽きないことが魅力と言うか。アンティークもそうなんですが、説明ができないその「感覚」を僕は大事にしていて、だからなかなか言葉にできないんです(笑)」
「感覚は欺かない」。このゲーテの言葉は、波と戯れ、アメリカを旅し、自分の好きなことだけをし続ける石関のライフスタイルが証明している。

石関太久麿(いしぜき・たくま)/アンティークショップ『BRANT』店主
1984年、神奈川県生まれ。住まいも職場も実家も辻堂に加え、小学生でボディボード、中学からはサーフィンを開始するなど生粋の湘南ネイティヴ。2014年、アメリカのアンティークファニチュアを販売する『BRANT』を設立。アンンティークへの造詣を活かし、CMやTVで使用される神楽坂の『坂ノ上タジオ』のインテリア内装なども手がけている。
アンティークショップ『BRANT』 http://www.brant-shop.com

Lee Sebastien

Lee Sebastien

フランスから来た男と電動自転車。

 

さまざまなアーティストのバックダンサーとして、また高校生たちによるダンスが爽快な『ポカリスウェット』の傑作CM「鬼ガチダンス」の現場ダンス指導を担当するなど、マルチなクリエイティヴィティを発揮しているフランス人振付師、リー・セバスティアン。フランス・パリで生まれ、幼少を山岳スポーツが盛んなシャモニー=モン=ブランで過ごしたリーは、フランス国立スキー学校で教師を務めるほどのスキーヤーであり、ほかにもロッククライミングやロングボード、乗馬なども行う生粋のスポーツマンだ。またMTBのダウンヒルも得意という大の自転車好きでもある。そんなリーのマイバイクは「電動アシスト付き自転車」。いわゆる「意識の高い自転車好き」たちから見た電動アシスト付き自転車とは、強いレディメイド感と弱いコレクション性に加え、過度なまでに保安要件を満たした、まるで家電のような自転車。要するに乗ってもドヤれない、お洒落じゃない自転車ということで括られている。ただこの評価、どこか「おそ松くん」に登場するイヤミ=フランス帰りの男が垂れる講釈のような、どうにも鼻持ちならないそれに感じてしまう。その鼻持ちならない感じが、サイクリストを「特別な趣味を持つ、特別な人」にさせ、移動のダイナミズムや自転車のイノベーションを阻害する、決して小さくはない要因に思えるのだ。だからこそリーのような「フランスから来た男」に、電動アシスト付き自転車に乗る理由と、その評価を聞いてみたい。
「自転車で都内を移動する大きな理由は、満員電車に耐えられなかったことです。あれはストレスがすごい。毎日は絶対に耐えられない。それと東京は意外と小さいから、移動は自転車が1番速いんですね。特に電動自転車は日本のテクノロジーが凝縮されていて本当にすごい。はじめて乗ったときにそのサポート力の絶妙なバランスには本当に驚かされました。それなりにパワーは使うんですけど身体への負荷が少ない。そして関節をしっかり動かすから僕みたいな職種だといいウォーミングアップになるし、スタジオに到着したら身体がいい状態になってるんです。そしていろんな面でグリーンエネルギー。環境だけじゃなくてお財布にもね(笑) 買って後悔ゼロです! 東京のライダーには本当におすすめですよ!」
自分が良いと思えばそれが最良。そしてモノの本質を「見抜くこと」に価値を見出すフランス人の精神=エスプリから出されるリーの評価は、安直にレディメイドを否定することで自身の価値をあげたがる僕たちとは逆に、シンプルで偏りがなく、そして爽やかだ。やっぱり物事の本質は、「フランス帰りの男」よりも「フランスから来た男」の言葉がしっくりくる。

Lee Sebastien(りー・せばすてぃあん)/振付師、モーションアレンジャー
1983年、フランス生まれ。フランス、アメリカ・ロスアンジェルス、サンディエゴにてダンスを学び、現在は日本を活動の拠点にし、さまざまなアーティストや数多くの TVCM の振付を担当。2016年の2月、 CONNECTING THE DOTS という振付のブランドを誕生させ活動を開始し、スペースモーション、ステージセットのデザインや照明、カメラワーク & 映像まで、モーションアレンジャーとして、振付に関する「動き」だけでなく、空間の演出とディレクションも行う。
リー・セバスティアン CONNECTING THE DOTS http://connectingthe-dots.com

五宝賢太郎

五宝賢太郎

「こだわらない」にこだわる職人。

靴職人の五宝賢太郎は「こだわりのない職人」だ。もちろん一流メゾンのドレスシューズから、最新のハイテクスニーカーのリペアや製造を手がけるなど、いわゆる「職人」としての手仕事とそのこだわりは、国内だけでなく海外でも高く評価されている。一方で靴の製造だけに止まらず、ドアノブのデザインや、強制的なミッドフットを目指した風変わりなソールの開発、ドラマ『陸王』の美術アドバイザリーを務めるなど、職人外の活動にも積極的だ。工房で寡黙に道具を振り続ける、そんな職人像には「こだわらず」、靴に関する「おもしろいこと」には何にでも首をつっこみ、新しい発見にこそ「こだわる」そのイノベーティヴな精神こそ、靴職人・五宝の真髄だろう。だから五宝が手がける靴は「おもしろい」。どの靴も造詣的な美しさの前に、五宝が体験したさまざまな「あれや、これ」が、今までにない新しいなにかとして否応もなく「立ってしまう」のだ。その「立ったもの」が、大学で学んだ人間工学に紐づく歩行に関する見識と、世界のメゾンのシューズを製作する確かな手仕事で内包されるのだから、シューズバムにとっては「たまらなくおもしろい靴」にどうしてもなってしまう。ともすると職人のこだわりは、完成度や精巧さと引き換えに「新しさを見出せずにいる閉塞感」を生み出す。あれもこれもと、さまざまなことに首をつっこみ、そのさまざまな話のいちいちに応え、そのいちいちであっさりと職を越境し、僕たちに「新しい靴」を届けてくれる。いたって身軽で飄々、こころもからだも常に遷移する「職人・五宝」。職人とは生涯を通して、独特なこだわりをこじらせ続ける人が名乗れる称号だとするならば、「こだわらない」に「こだわり続ける」五宝はまぎれもなく職人と言える。

五宝賢太郎(ごほう・けんたろう)/靴職人
1981年、徳島県生まれ。靴工房「GRENSTOCK」オーナー、靴職人。国立茨城大学生活デザイン科卒業。在学中より、靴職人・稲村有好の元で修行を開始する。2008年にオーダーシューズとシューズリペアを専門とする「GRENSTOCK」を設立。一人ひとりに合わせ、履きやすく愛着の湧く靴を提案し、多くの靴愛好家から支持されている。また、さまざまな知識をもとに生み出されるデザインは、編集者やデザイナーなどクリエーターにも愛用者が多い。2016年には六本木にリペア専門の2号店をオープン。靴作りで得た皮革の知識・技術を活かし、ドアノブやカーテン、シャンデリア、ソファなど、皮革を用いたさまざまな製作にも携わる。趣味は昆虫採集、釣り、自転車など多岐にわたり、特に自転車は新旧織り交ぜたコレクションが30台以上にものぼるほど。
靴工房『GRENSTOCK』 http://grenstock.org

雨澤毅明

雨澤毅明

誤魔化さないロードレーサー。

「休日にショッピングはあまり行かないし、服にも興味がないんですよね。ただ、トレーニングは毎回同じことの繰り返しなので、いったん自分をリフレッシュさせる目的で、何か違う行動パターンを強制的に取り込んだり、新しい発見をするために、あえて興味がない場所へは行きます」。
2018年Jプロツアーで好調な滑り出しを見せた『宇都宮ブリッツェン』に所属する23歳のロードレーサー・雨澤毅明は、今回の撮影の趣旨やプロモーションのヴィジュアル(休日のシーンにスポーツウェアを取り入れる)イメージを伝えた際、実に「興味がなさそう」に、そして淡々と話しをしてくれた。17歳から実業団チームのエリートツアーで揉まれ、チームの移籍を経験し、ワールドツアーやツール・ド・フランスへの参戦を最大目標に掲げる雨澤。ジュニア時代から「大人」たちと真向勝負で交わり続けた雨澤の言葉は、こちらの事情を先回りする機転や周囲に対する愛想などはなく、相手に誤解なく理解させる。それは僕たちが軽々に使ってしまう「エクスクラメーションマーク(感嘆符)」のないテキストのような言葉だ。エクスクラメーションマークは社会で遭遇するもろもろのコミュニケーションの「面倒ごと」を円滑にする便利な記号だ。テキストの最後に「!」を添えるだけで、そこに何らかの感情を演出することができる。だからこそ僕たちは「誤解なく理解させる」言葉を探らず、わかりやすく伝えるための構成作りも怠り、結論が曖昧なまま「!」で核心を誤魔化してしまう。それだけに雨澤の言葉には機転と愛想はないが、自転車に対する直向きな想いに誤魔化しがなく、「ロードレーサー・雨澤毅明」を過不足なく伝えてくれる。
「ただ、ショッピングでも時計を見たりするのは割と好きですね。きらびやかで華やかですし。それとメカニカルな部分が自転車とかぶりますし。それと服もピタッとしたものが好きです。レーシングジャージもピタッとしてますから」。
雨澤毅明は休日も、誤魔化しようのない「ロードレーサー」だ。

雨澤毅明(あめざわ・たけあき)/プロロードレーサー・宇都宮ブリッツェン所属
1995年、栃木県生まれ。地元の宇都宮で開催されたジャパンカップや、海外のロードレースの観戦で自転車に興味を持ち、中学で宇都宮ブリッツェンの下部チーム『ブラウブリッツェン』へ入団し、本格的なロードレースをスタート。2013年、大学入学と同時に実業団チーム『那須ブラーゼン』入団。3年間在籍後、2016年に宇都宮ブリッツェンに移籍。2017年には『ジャパンカップサイクルロードレース』でアジア選手最高位の3位、U23でトップの記録をマーク。ナショナルチームの代表にも選出されるなど、これからの日本のロードレースを牽引する若手のホープ。
宇都宮ブリッツェン www.blitzen.co.jp
雨澤毅明ブログ http://blitzen.way-nifty.com/amezawa/

平沢文雄

平沢文雄

良いデザインと大工の関係。

「良いデザイン」の「良い」を説明するのは難しい。それは建物も、ロゴマークも、スマホの筐体も、すべてのデザインは等しく難しい。「良い」はそれこそ人それぞれの捉え方や、培ってきた感受性に委ねられるもので、だからこそ説明が難しい、と言うか、ほぼ無理なのだ。だけど、やっぱり「良いデザイン」の需要は多く、だからこそ専門家による論理的な説明や識者による解説を、自分自身に納得させるための都合の「良い」理由にしたがる。だから発注側と製造側の間に「デザイナー」が介在し、「万人に説明できる『良い』」の設計をする必要が出てくる。自分自身にとって本当にそれが必要な「良い」ものなのかという根本的なことはさておき、どこか「もやもや」した結果にはなってしまうが、それでも多くの需要が納得する「良い」を作る手順としてはこの社会で機能している。
1975年生まれの平沢文雄は、団塊ジュニアの世代にあたる中堅大工だ。師匠こそいるが、縦社会、従属的社会の人、という風貌ではない。言葉や所作、佇まいが、どこか自由人的なそれで、いわゆる「ガテン」な力強さとは縁遠い「大工」だ。個人主義的と括られてしまう世代なのだが、平沢を見ているとあながち間違ってはいないような気がする。特に顕著なのは平沢の仕事のやり方だ。施主と平沢の間にある「良い」を設計する人がいない、施主と平沢が即興でデザインしていく仕事が多く、施主が本当に必要な「良い」と思うデザインを形にしているそれが多い。例えば鎌倉のバッグブランドの店舗施工や施主のこだわりが濃縮された注文住宅など、インテリアデザイナーはおろか、現場監督さえ不在である。それはともすると全体の調律が取りづらいリスクや、建築法や消防法の基準に照らし合わせるためにアクロバティックなアイデアが現場で必要になる。だがそんなリスクや煩雑な作業を通して完成した「良い」ものは、他者への説明のための加飾はなく、「施主のためのもの」にきっちりと仕上がっている。良いデザインという発注側と製造側の間にある「もやもや」を取り除き、その人だけの「良いをデザイン」に仕立てる。これが平沢の大工仕事だ。

平沢文雄(ひらさわ・ふみお)/大工
1975年、東京都生まれ。BAUM合同会社代表。高校卒業後、10年間の修行を経て建築士取得後、独立。一般建設業許可を取得し、新築、リノベーション、店舗など幅広い仕事を行っている。鎌倉にあるバッグブランドや「注文の多い」注文住宅など、施主とふたりでデザインをする仕事が多く、さまざまなレギュレーションをクリアしたデザインやアイデアの評価が高い職人である。

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